FIRE(早期退職)ブログ⑬若者のやる気を奪い会社を滅ぼす⁈“老害の人”

韓国、釜山、白瀬文化村 FIRE*早期退職
韓国 釜山*白瀬文化村
記事内に広告が含まれています。
スポンサーリンク

私は2023年7月に58歳で、35年間勤めた会社を早期退職しました。

月日の経つのは早いもので、退職してから2年半が経ちました。

FIREを決意した理由のひとつに社長のパワハラがあったことは、ブログ①(FIRE(早期退職)ブログ①ブラック企業 パワハラ社長からの脱出〜前編〜)でも書いたとおりです。

会社をリタイアしてからは、パワハラに悩まされることもなくなり、ストレスフリーにすごせることに感謝する毎日です。

リタイア後は、図書館から借りた本を近所のカフェで読むことを日課に日々を送っていますが、最近内館牧子さんの「老害の人」という本を読んでいたら、会社時代のことを思い出し…ブログに書きたくなってしまいました。

この本は、昔自慢や病気自慢、趣味自慢の老人など若い人をつかまえて自慢話を聞かせ周囲に迷惑をかけるいろいろな老人が書かれているユーモラスな内容の小説です。

その本の中に、なるほど〜と思ったことが書かれていました。

それは、老人に必要なのは「きょうよう」「きょういく」だということです。

「きょうよう」とは、「今日用」・・・今日の用事、「きょういく」とは「今日行く」・・・今日でかける場所だそうです。…これがないから老人は老害になると!

特に現役時代に仕事人間だった人にとっては、リタイアしたら毎日何をすればよいのか分からない、という人が多いのではないでしょうか。

この話で思い出したのが私の会社員時代の社長です。

50代で親会社から天下って社長に就任し、約20年の独裁政権で業績を悪化させたパワハラ社長だったのですが、70歳を超えやっと社長退任したものの、その後も会長として会社に居続けた人でした。

風のうわさでは、79歳になった今でも会長として会社にとどまっているようですが。。

この社長は、会社を自分の家と勘違いしているような人でした。

社長の現役時代は、女性社員がいる前でも社内でランニングシャツ姿になって着替えたり、女性社員にシャツのアイロン掛けやボタンの縫いつけを命じていました。

男性社員にも肩をもませたり、カップヌードルを作らせたり、用もないのに休日に朝から会社に来ては社長室でコーヒーを飲みながらテレビを見て夕方に帰って行くという…まるで自宅のように会社や社員を使っていました。

業績が悪いときには、営業の管理職を毎朝何時間も立たせて𠮟責したり、自分の意に沿わない意見を言うと顔を真っ赤にして激怒したりとパワハラし放題の社長でした。

逆に、機嫌の良いときは各部署を歩き回って延々と昔話やくだらない話(血液型やテレビなど)に何人も巻き込んで、仕事の邪魔をしていました。

躁うつ病かと思うくらいに機嫌の良い時と悪い時の差が大きく、午前中は機嫌が良いと油断していたら午後は急に不機嫌になって当たり散らすということもあり、ビクビクしながら働く毎日でした。

激怒した後には自己嫌悪におちいるのか、自分が怒った人達を就業後に飲みに連れていく習癖がありました。(本人は罪滅ぼしのつもりかもしれないが連れ回される社員は迷惑!)

また、典型的な昭和サラリーマンのため、パソコンやメールなどITに弱く、激怒した時にパソコン禁止令がだされたこともありました。(パソコンを使って資料を作るから頭を使わないし業績も上がらないという意味不明な理屈から)

さすがに仕事が滞ってしまったため1日で解除されましたが、その日はみんなデスクの前に座り続けることしかできませんでした。。

そのパワハラ社長のせいで、うつ病になった社員、若手の優秀な社員の退職が続くなど会社がひどい状態になりました。

本来、社長のパワハラ・セクハラを止めるのは取締役の方々のはずですが、社長のイエスマンばかりを集めているため社長を止めることもせず、コーポレートガバナンスやコンプライアンスという言葉はもはや死語でした。

当然のことながら、こんな社長の下では社員のやる気など起きるわけがなく、業績は下降の一途をたどり、社長交代になったわけですが(ブログ①に書いてありますので割愛)「老害」という言葉を聞くと真っ先にこの社長のことを思い出します。

愚痴9割のような内容になってしまいましたが「自分はこのような人にはなりたくないな」ということがわたしのFIREの原動力にもなりました。

今でもあの頃のことを思い出すと、次から次へと悪夢のような記憶がよみがえり、少しでも早くFIREして本当に良かったと思うのです。

タイトルとURLをコピーしました